第8章 ー生ー
照も、そして二宮医師も、まんじりともしないまま夜は開けた。
その間も大野の妻は一度たりとも目を覚ますことなく眠り続け、窓の外には、巫女の祈りが通じたのか、未だ止むことなく雨が降り続けていた。
「まだ産まれないのですか?」
照は内心焦っていた。
もし奥様の身に何かあれば…
いくら経験もなく知識も浅いとは言え、流石にこのままの状態が長く続けば、赤ん坊は愚か、母体にも危険が及ぶ可能性があるのは、照にだって分かっていたから。
「先生、何か策は…」
時折股のあいだを間を覗き込んでは、首を傾げるばかりの二宮医師に、苛立ちすら感じる。
「先生っ!」
照の気迫に気圧されたのか、二宮医師は小さく唸ると、短く息を吐き出した。
「仕方ありません。こうなったら…」
二宮医師は鞄の口を開くと、何やら鈍色(にびいろ)の器具を取り出し、消毒液を振りかけた。
「何なんです、それは…」
見たこともない形の器具を、照は訝しげにしげしげと見やった。
「これは鉗子といって、この先で赤ん坊の頭を挟んで引き摺り出す道具でして…」
「そ、そんなことをしてお子は…」
「何分私も初めての試みでして…、どうなるのかは…」
得体の知れない道具と、聞いたこともない施術方に、照の脳裏を不安が過る。
だがそれも一瞬のこと…
どうせ生き長らえることのない命…
ならば奥様の負担を少しでも軽くして差し上げたい。
「分かりました、お願いします」
照は大野の妻の両膝を押し開くと、二宮医師の動きを固唾を飲んで見守った。