第8章 ー生ー
「先生、一体どうしたって言うんです…?」
盥に桶の湯を流し込みながら、照は横目で二宮医師を見やった。
すると二宮医師は顔を酷く曇らせ、信じられないと言った様子で首を横に振った。
「実は奥様のお腹の中にはまだ…。もう頭が出かかっていて…」
「えっ…?」
そんなっ…、だって奥様は…
照は無事大仕事を終え、気を失っているのか、それともすっかり安心きっているのか、穏やかな寝息を立て始めた大野の妻の顔を覗き込んだ。
「何かの間違いじゃ…?」
二宮医師の言う通り、頭が出かかっているのならば、想像を絶するような苦しみに襲われている筈…
なのにこの落ち着きようはどうだ…
「先生、とにかく赤ん坊を…」
言いかけ、二宮医師の肩を掴んだその時、再び巫女が大幣を寝台で横たわる大野の妻の上に振りかざした。
そしてまるで鞭でも打つかの如く、膨れた腹を叩くと、祝詞とも念仏とも区別のつかないような言葉を大声で喚き散らした。
「何をしているの!」
巫女に掴みかかろうと伸ばした手を、大野の無骨な手がぴしゃりと叩いた。
「旦那…様…、お止めください、どうか巫女様を…」
「その腹の子は悪魔だ。産むことは許さん。もし仮に産まれたとして、その時は…照、お前の手で殺せ」
着物の裾を掴み縋る照を見下ろし、大野は冷酷な笑みを浮かべ、感情の知れない声で言い捨てた。