第8章 ー生ー
どうしたのかしら…
まさか奥様の身に何か…?
腕に抱いていた赤ん坊を寝台にそっと下ろし、部屋を飛び出ると、階下に向かって声を張り上げた。
「誰か…! 盥を用意して頂戴! それから…」
「悪魔じや…、悪魔が…、恐ろしや恐ろしや…」
叫ぶ背後で聞こえた嗄れた声に、照はゆっくりと振り返ると、巫女が長い白髪を揺らしながら、手にした大幣を大野の妻へと振り下ろしている光景が、見開いた視界に飛び込んできた。
「何をしているの…!」
照は妻の元へと取って返すと、巫女の手から大幣を取り上げ、床へと叩き付けた。
「あぁぁぁっ…、何と罰当たりなっ…! いいか、よくお聞き…、その腹の子は悪魔じゃ。この女は悪魔の子を孕んでおるのじゃ。ああ…、恐ろしや恐ろしや…」
怪訝そうに眉をひそめる照の目の前で、巫女は大袈裟なくらいに身体を震わせて、懐から取り出した塩を部屋のあちらこちらに撒き散らした。
罰当たりなのは一体どちらなのか…
それに腹の子と言っていたけど、お子は無事生まれた筈…
不可解なことを口走る巫女に首を傾げた時、階下から盥と、湯を満たした桶を手に相葉が駆け上がって来た。
「照さん、これで良かったですか? 他に必要なものは…」
相葉は部屋に盥と桶を運び込むと、手の甲で額に浮かんだ汗を拭った。
「ええ、取り敢えずいいわ。また何か入用ならば声をかけるから下で待機していて頂戴」
照に言われ、相葉は大野に深々と頭を下げ部屋を出て行った。