第8章 ー生ー
しかし大野は差し出された赤ん坊に目もくれることなく、二宮医師の元へ歩み寄ると、満面の笑みを浮かべた。
「ご苦労だった。これで大野家も安泰だ。なあ、巫女殿」
二宮医師に簡単な労いの言葉を投げかけ、後ろに控えた巫女を振り返った。
そして寝台で未だ息を乱す妻に、まるで汚物でも見るかのような一瞥をくれると、足早に部屋を後にしようとした。
「だ、旦那様…」
照は赤ん坊を抱いたまま大野の前に立ちはだかると、赤ん坊の顔が良く見えるように木綿の綿入れを少し捲った。
「ご覧下さいまし、とてもお可愛らしい坊ちゃんでございますよ」
「それがどうした。赤ん坊などどれも皆同じだ」
「で、でも…」
「そんなことよりも、今宵は宴だ。準備は怠るなよ、いいな」
尚も食い下がろうとするする照の肩に、無骨な手が乗せられた。
なんてことを…
大仕事を終えた妻を案ずることもなければ、殊更(ことさら)可愛いであろう我が子に目も向けないとは…
なんて酷い…!
照の胸の奥底から、沸々と怒りが湧き上がって来る。
「旦那様…!」
大幣を振り乱し、祝詞を上げ続ける巫女を従え部屋を出て行こうとする背中に声をかけた、その時だった。
「こ、これは…! 照さん、盥を…それから…」
逼迫した表情で切羽詰まった声を上げる二宮医師に、その場にいる誰もが動きを止めた。