第8章 ー生ー
その後も照は手を休めることなく背中を摩り続け、気付けばもう間もなく夜が開けようとする時刻になっていた。
大野の妻は全身に大量の汗をかき、振り乱した長い髪は、額や首筋に張り付き、苦痛に歪んだ顔は、正に鬼の形相と言ったところだった。
「奥様、もうすぐですよ! 頭が見えて来ましたよ!」
二宮医師のかける声にこくこくと首だけを動かすと、両手で握りしめた布紐を更に強く引き、かっと目を見開いた。
「うぁぁぁぁぁっっ………!」
そして全身の力を振り絞るかのように、絶叫を繰り返した。
その光景は、子を産んだことのない照にとって、ある種の恐怖でしかなく…
照はその時になって漸く、背中を摩る手を止めた。
瞬間、未だ激しく降り続く雨空に雷鳴が轟き、二筋の稲光が一瞬、深い闇に覆われた空を白く染めた。
と同時に、天地を裂くような激しい雷音に怯んだ照の耳に、力強く泣き叫ぶ赤ん坊の産声が飛び込んで来た。
お産まれになった…
「奥様、ようございましたね…」
照は今にも意識の糸を手放そうとする大野の妻の汗を手拭いで拭うと、二宮医師の手に抱かれた赤ん坊を覗き見た。
「医師(せんせい)、どちらですの? 男の子? どちら?」
男の子であれば、いずれ大野の家督を継ぐことになる。
照の胸は期待に膨らんだ。
大野の妻が、伏せた顔に再び激しい痛みに歪ませたのにも気づかずに…