第8章 ー生ー
村の名士の妻の大事を聞きつけてやって来たのは、まだ年こそ若いが村では名医と噂される二宮医師だった。
二宮医師が部屋に入ると、照は手際よく出産に向けての準備を始めた。
足元の布団を捲り上げ、破水のため溢れた羊水で濡れた足を大きく開いた。
そして天井の梁から吊るされた布紐を手に握らせると、大きく波打つ背中を摩った。
「奥様、しっかり…!」
照に出産の心得があったわけでもない。
ましてや照自身、子を宿したことも、子を産み落としたこともないのだから。
それでも迫り来る出産に備えて、暇さえあれば二宮医師の元を訪ねては助言を仰ぎ、産婆の元へも通い詰めては、村人の出産に立ち会った。
それが功を奏した、と言ったところだろうか…
「これは…」
股の間に顔を突っ込んでいた二宮医師が、慌てたように声を上げる。
「何か…、何か問題でも…?」
照は妻の背中を摩る手を止めることなく、不安そうに二宮医師の顔を伺い見た。
「いえ…、奥方様は初産でらっしゃるし、ひょっとすると長いお産になるやもしれません…」
含みのある口調に、照は怪訝そうに眉を顰め(しかめ)るが、苦しげに呻く姿を目の当たりにしてしまったらそれどころではない。
どれだけ時間がかかってもいい…
兎に角ご無事であれば…
「奥様、大丈夫ですからね? 私が着いてますからね…」
照は背中を擦りながら声をかけた。
その声が、陣痛の痛みに意識を朦朧とさせる大野の妻の耳には届いていないとも知らずに…