第8章 ー生ー
階段を駆け上がる照の後を、身重の身体を腕に抱いた相葉が、足元を確認しながら、ゆっくりと登ってくる。
「こちらへ、早く…」
時折足を止め、後ろを振り返っては、照が相葉に向かって手招きをする。
その間にも、等間隔で襲い来る激痛に耐えかねたかのような悲鳴が上がる。
痛みを逃すためか、妻の手は縋るように相葉の背広の襟を掴んでいた。
「早く、急いで頂戴」
いくつか並ぶ扉の、一際豪奢な扉を開くと、照は相葉の背を押した。
「奥様をこちらへ…」
鮮やかな刺繍を施した掛け布団を捲り、リネンを一面に敷くと、枕を高く積み上げた。
「そっとよ、そっと…」
「は、はい…」
照に言われるまま、相葉はゆっくりとベットに妻を降ろすと、“他には…”と照に指示を仰いだ。
「そうね…。下に行って、お湯を運んで来て頂戴。たらいも用意して頂戴」
「はい」
相葉は踵を返すと、跳ねるように駆け出した。
その時、丁度下の階が俄に騒がしくなり、照は妻に布団をかけると、部屋の入り口に立ち、階下に向かって声を張り上げた。
「こちらです! 早くっ…!」
言いながら、身を割くような激痛に、今にも意識を飛ばしそうになっている大野の妻の元へと駆け寄った。
「奥様、今お医者様がおいでになりましたからね? どうかお気を確かに!」
照は着物の袂(たもと)を指で摘むと、玉のように浮き出た汗を丁寧に拭い取った。