第8章 ー生ー
しかし…
夫でもある大野の主は、妻の窮地にも一瞥すらくれることなく、歓喜に舞う巫女の傍らで、全身に飛沫を浴びて高笑っていた。
奥様の大事になんてこと…
照は憎しみにも似た感情が湧き上がって来るのを、妻の背中を摩ることでなんとか誤魔化した。
「奥様、立てますか?」
「え、ええ…、なんとか…」
照が背中を摩ることで、少し痛みが和らいだのか、妻は再び腹を抱えて立ち上がると、時折ぬかるんだ地面に足を取られながらも、一歩一歩足を進めた。
そうして漸く屋敷に辿り着いた二人を、使用人達が慌てた様子で取り囲んだ。
「は、早くお医者様を…! それから、湯の準備と、奥様の寝床の準備を…」
照は細い腕で身重の身体を支え、使用人達に指示を飛ばした。
使用人達は皆、照に逆らうことなく指示に従った。
「奥様、すぐですからね? すぐお医者様がいらしてくれますからね?」
定期的に襲ってくる尋常ではない痛みに顔を歪ませながら、何度も頷く妻だったが、その顔は脂汗が無数に浮かんでいて…
照は袂から手拭いを取り出すと、それで妻の額や頬に流れる汗を拭った。
「私が奥様を寝室まで運びましょう」
声をかけて来たのは、最近になって運転手として雇われたばかりの相葉だった。
「ええ、お願いするわ…」
照は妻を相葉に託すと、我先にと階段を駆け上がった。