第7章 〜空〜
「待って…まって!ごすけっ…」
走る翔を、慌てて照は追いかける。
「翔坊っちゃん…待って…」
墓地の道は泥濘んで…
照の草履はすぐに重くなった。
「五助は後で下男に探しにやらせますから…」
「やあっ…ごすけっ…ごすけっ…」
あの日から、一年―――
今日は、あの二人の…そして大野の主人の命日だった。
表向きの長男である翔は、照にしか口をきかない。
だから女中頭であった照は、今では翔の世話係になっている。
本来ならば、翔が一周忌を取り仕切らねばならない。
だが…今の翔には、それは不可能だった。
「いやっ…おてるのいじわるっ…」
翔の心は、もうここにはない。
遠い過去を彷徨っている。
そして…大野の家は、もうすでにあの場所にはない。
主人が死んだ途端、親戚だなんだと寄ってたかって大野の財を食いつぶし、あっという間に翔は追い出された。
今は、かろうじて残された谷中の寮に、翔は温情で生かされている。
あんなに主人が固執した金
照が固執した潤
翔が焦がれた白い少年は…
もう、この世のどこにもなかった