第3章 ー華ー
蔵の前に差し掛かると、上り端に人影を見つけた。
翔だ。
見張りでも言い付けられたのだろうか、頭の先から足の先までずぶ濡れになりながら、それでも周囲に目を配っている。
「翔坊ちゃん…」
激しく地面に叩き付ける雨音の中、低く響いた潤の声に、翔が顔ごと視線を向けた。
「お前は…潤か? ここに何の用だ?」
胸の前で両腕を組み、頭まですっぽり合羽に覆われた潤を、翔は怪訝そうに見下ろした。
「旦那様は中ですか?」
潤が俯いた顔を上げた瞬間、地鳴りのように響く雷鳴と、そして眩いばかりの閃光が辺りを包み込んだ。
目の眩むような光の中、潤が手にした鉈が一際鋭い光を放った。
「お前っ…そんな物騒な物……っ!!!」
思わず後ずさった翔の、一瞬怯んだ隙を付いて潤がその背後に回った。
そして翔の喉元に鉈の刃の部分を宛がった。
「言え…、いるんだろ?」
刃が触れた部分にチリチリとした痛みが走り、熱い物が喉元を流れるのを翔は感じていた。
殺される…
咄嗟にそう思った翔が、小刻みに身体を震わせながら小さく頷く。
それを確認して、翔の首元から鉈が下ろされた。
「あなたを傷つけるつもりは無いんだ…」
潤は合羽の中でクンクンな鼻を鳴らす五助を外に出し、雨に濡れて冷えた翔の腕に抱かせた。