第3章 ー華ー
「ど、どこ行くんだい? まさか…蔵へ行くつもりじゃ…」
照の問に答えることなく、部屋を出て行こうとする潤の足に、照が必死の形相で追い縋る。
「駄目…、行っては駄目だ…。行ったら旦那様にお前が酷い目に合わされる…。だから行かないでおくれ…」
後生だからと言わんばかりに潤を見上げた照の頬には、幾筋もの涙の跡が出来ている。
「どけよっ! 離せってば! 行かなきゃなんねぇんだよ…あの人の所へ…」
縋る照に忌々しげに吐き捨て、潤は足元に纏わり付く照を振り払おうと、足を大きく振り上げた。
年老いた照の身体が宙を舞い、潤の背後で鈍い音を立てた。
一瞬の呻きの後、声を発することなく、ズルズルと崩れるように倒れた照を抱き起こそうと、手を伸ばしかけた潤だったが、その手はとうとう照に届くことはなかった。
潤は死んだように倒れた照を振り返ることもなく、土砂降りの雨が降りしきる中、庭へと駆け出した。
歩を足早に進めながら、潤は腹の底から、得体の知れないドス黒い感情が沸々と湧き上がって来るのを感じていた。
蔵へ向かう途中、ふと目に付いた納屋に立ち寄った潤は、きちんと仕分けされた農具を掻き分け、その中から鉈を手にすると、また雨の中を今度はゆっくりとした足取りで蔵へと向かう。
布製の靴は水や泥を含んで、一歩一歩進める足取りは、酷く重たかった。