第1章 恋とウイルス(縁下力)
先輩の動きが急にカクカクしたものになる。何と返事したら良いのか困惑している様子で首の後ろに手を回し、頬を僅かに染めた。わたしも急に恥ずかしくなる。
「いや、そういうタイプの"お願い"ではありません!先輩の変態!」
どういうわけか、罵倒してわたしはその場から逃げてしまった。背後から、何も言ってないのに変態と詰るほうが変態なのではないか、と意訳できる言葉が飛んできたが、振り返ることができずに、木漏れ日の影が落ちる廊下を一目散に走り抜けた。
わたしが先輩に赤点とりません宣言をしたのには理由があった。
ひとつは、以前からのささやかな夢、いちごを丸ごと1パック独り占めして食べるためである。先輩がプレゼントしてくれた甘いいちごを口に運びたい。自らお願いするのは野暮ではないか、と言う心の声も聞こえるが、強引にでも言葉にして伝えなければ、この夢は実現できない。
加えて、高校生活で最初の定期テストである。ここで勉強が苦でなくなれば、この後続く受験戦争も耐えしのぐことができるのではないか、と思っていた。しかし困ったことに、いままで怠けていた人間が、毎日勉強する習慣をもつのは難しかった。いつまでたっても苦でしかない。せめてサボった時に罪悪感が生まれるように、自分を追い込んでみよう、と考えた結果が、先輩への頑張ります宣言である。