第10章 Love Me Tender(白布賢二郎)
「なんかさぁ、バカみたいだよな。俺も」
片想いして。ずっと見てたつもりだったけど、何も見れていなかった。
「桐谷さん、3限空いてたりしない? 」
川底に沈んだ小石を掬い上げる気持ちで予定を聞いた。桐谷は目元を拭いながら「空きコマ」と吐き捨てるように言った。
「俺も空いてる」
正確に言えば自主休講だ。レポートは投函したから、もう単位確定。今日は出席しなくても問題ないことは教授が先週連絡していた。
「どっか行かない?俺と」
「例えば」
「わかんない。中庭とか。あ、知ってる?12号館の裏に、テラスっぽい場所があって」
うーん、と桐谷は乗り気じゃない声を出して首を捻った。
「ダメかな?」と白布は粘った。「それとも、俺と話すよりだったらギター弾いてたい?」
「え?」
「あれ、違うの?ここに来る前、桐谷さんサークル棟で弾いてたでしょ」
机の端に立てかけられている黒いギターケースに視線を送る。この講義室へ来る前に、ゆったりとしたテンポの曲を聞いたことを話した。
「あれを弾いていたから、授業に遅刻したんでしょ?」
桐谷の目はパッと開いた。「あぁ、それだったら私だと思う」
「そうだよね。良い音だった」
「ほんと?ありがとう」
「だから中庭行こうよ。また弾いてほしいな」
「私がきみに?どうして?」
「聴きたいんだ。俺寝ちゃうかもしれないけど」
「寝ちゃうの?なら弾かないよ」
桐谷は目を細めて、白布を見上げた。「もしかして、寝不足?」
「徹夜明けなんだ、俺」
「だよね。顔色悪いよ」
「やっぱり?実は今にも倒れそうで」
頬を掻いて正直に言うと、「今日は家に帰って寝たほうがいいんじゃない?」と桐谷がからかった。
「でも、きみ面白いね。名前知りたいな。なんて言うの?」
「中庭に来てくれたら教えるよ。行こ?」
逃げられないように、白布は自分の荷物と一緒に桐谷の鞄も持って立ち上がった。
「代わりにさ、俺にも教えて。その曲の名前」
食い下がる白布に観念したのか、桐谷はくすぐったそうに笑った。「分かったよ」と一言返して席から立ち上がり、ギターケースを肩へとかけた。
『Love Me Tender(優しく愛して)』