第1章 恋とウイルス(縁下力)
その日の会話をきっかけに、わたしと縁下先輩は顔見知りとなった。廊下ですれ違えば挨拶をし、お昼休みに売店へ行くタイミングが重なれば一緒に並んで雑談をした。好きな音楽の話、昨日のテレビ番組のこと。共通の知り合いのこと、担任のこと、放課後のこと。日差しが強さを増す頃には、気軽に冗談を交わす仲になっていた。春は去り、木々の青みは深まる。わたしにはひとつの悩みが生まれた。
「もうすぐ、定期テストがあります」
ある日の渡り廊下で打ち明けると、縁下先輩は、まさか、という顔をした。
「もしかして桐谷さん、成績が芳しくないのか」
「話が早くて助かります」
「ここにもいたとは」
信じられない、と先輩は天井を仰いで嘆いた。聞けば、部の中でも赤点候補組がいて、先輩は勉強を教えているのだそうだ。他人の成績の面倒を見るなんて、よっぽど余裕があって優しいのだなぁと感心していたら、先輩は進学クラスだと聞かされた。消えたくなる。人間的な器だけでなく、他の格差も深まった気がしてならない。
「大丈夫です、わたしは、自分の力で赤点を回避してみせます」
本当は、先輩に勉強を教えてもらえたら、あわよくばふたりで、と期待して話しかけたのだけれど、その枠は既に先約で埋まっている。大人しく身を引くことにした。先輩は非常に心配してくれ、過去問のコピーを無償で提供すると約束してくれた。
「桐谷さんは ひとりで頑張れる?かわいそうに、頼れる友達もいないんだろ」
「勝手にぼっち認定しないでください。わたしにも勤勉な友人はいます」
「よかった。安心した」
「良い点数がとれたら、報告します」
「うん、待ってるよ。じゃあね」
右手を上げて別れの挨拶とした先輩の白いシャツを、「それで、あの、」とわたしはつまんで引き留めた。
「もし、テストで悪い結果にならなかったら、わたしの"お願い"をひとつ聞いてくれませんか」
「えっ」