第10章 Love Me Tender(白布賢二郎)
「どこで買ったか、って聞かれても……」白布は返答に困る。
青みがかかった透き通る小瓶を後輩の女子たちにプレゼントされたのは、先日迎えた誕生日のことだった。
『先輩みたいな顔の人は爽やかな匂いじゃなきゃダメなんですーーー!』『もう笑顔は期待しないのでせめて良い香りを私たちに振りまいてくださいーーー!』とよく分からない理由で押し付けに近い勢いで渡されたのだ。
そういったものにはずっと疎くて、暫く持て余していたけれど『香水系は放置してると劣化するんだぞ』と川西に教えられ、お洒落というよりもモッタイナイ精神で出かける前に消費するようにしていた。今日も急いで支度しつつも、いつもの習慣で付けたのだろう。
「ごめん、貰い物でどこの商品かは分かんないや…」
桐谷に向かって、そう答えるのがやっとだった。
シンプルなパッケージで小さな英字が書かれていた気がするけれど、真面目に読んでいなかったのでブランド名すら把握していなかった。
「……そっか」
しゅん、と桐谷が肩を下げる。落ち込んだ顔。初めて見た。なぜか白布の心はキュンと喜んでしまう。
「桐谷さん、よく分かったね。香水とか好き?詳しいの?」
講義室にかけられた時計の針は正午を示していた。このまま会話を弾ませて、一緒に昼食の流れに持ち込めないかと期待する。
「詳しくないよ。ほとんど、知らない」
「え? でも俺の使ってるの分かるんでしょ」
「うん。それだけは分かるの」
桐谷の視線が、机に乗せた両手に落ちた。「……前に付き合ってた人と同じ香りだったから」
「え゛」
グサッと白布の心に矢が飛んでくる。
(いたんだ、彼氏)
そりゃそうだ。こんな可愛い子にいないほうがおかしい。
(でも"前に"付き合ってた人、ってことはつまり)
情報を処理できずに固まる白布の横で、桐谷は「あー、なんかやっぱりダメだ」と机の上にゆるゆると崩れた。