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世界の果てのゴミ捨て場(HQ)

第10章 Love Me Tender(白布賢二郎)




「あのさ」と今度は桐谷が空気を切り替えるように話しかけてきた。「出席ってもう取った?」

「しゅ、出席?」

「あれ、この授業ってカードじゃない?」

「あ、それならもう配り終わったみたいだから……俺の余り使っていいよ」


(もしかして、それを気にしてずっと見てたのか?)

さっき多めにとっておいた出席カードの一枚を渡すと、分けて貰えると思っていなかったのか桐谷は少し驚いた表情をした。そのあと、ふっと口を緩めて微笑んだ。


「ありがとう」


至近距離の直撃。



(ここで笑顔はズルいだろ……!)


美人でクールな見た目に反して、笑った顔は頼りなさげで無性に守ってあげたくなる。

控えめに言って最高に可愛い。


抗えずにレジュメのプリントも1セット丸ごとあげた。本当は川西のために取ったものだけど。いいんだよあいつはサボりだから、と自分に言い聞かせていく。


もう授業どころじゃない。マクロファージとかT細胞とか、そんな目に見えない世界よりも、隣の女の子の白いブラウスや背中の緩やかな曲線のほうが圧倒的に眩しさがある。



(遅刻して良かった…)


桐谷を見ていると、桃のコンポートをいつも思い出してしまう。

甘くて柔らかくてひんやり冷たい。


柄にも無くそんなことを考えてしまう自分に気味の悪さを覚える。いつからこんなにグズグズな人間になっちゃったんだろうと少し情けなくもなる。



「ねえ、聞いていい?」と桐谷にシャツの裾を引かれたのは、授業時間の終了直後だった。ゾロゾロと出て行く学生の波が捌けるのを席で待っていると、深刻そうな顔で、ほとんど囁くようなボリュームで訊ねられた。「フレグランス、どこで買ったの?」と。

「え、何?」
白布もどぎまぎしながら返した。聞き取れなかったのではなく、何を訊ねられているのか理解できなかった。まさか再び話しかけられるとも思っていなかったので不意打ちだった。


「オードトワレ、使ってるよね?泉シリーズの」

「……ごめん、なんの呪文?」

「呪文じゃなくて、香り」

「香り?」

「きみからする匂い。この大学の近くの赤い屋根の店舗で買ったんじゃないの。そこ限定で売ってるトワレの匂いがする」


そこまで言われて、香水の種類を聞かれているのだということにやっと気が付く。
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