第10章 Love Me Tender(白布賢二郎)
ポーカーフェイスは得意だ。
桐谷は首を傾げながらも、黙ってノートを広げ始める。「あれ、知り合い?どこかで会ったっけ?」と思わせることができたら白布の勝ちだ。
この調子なら、涼しい顔を貼り付けてやり過ごせそう。そう目論んでいたけれど、桐谷は肩身狭そうにチラチラと白布の横顔を伺ってくる。白布が意識しないよう前を向いているのを良いことに、次第に無遠慮と言えるほどジロジロとした視線に変わる。そうなると、どうしても白布も気になってしまう。
(なんか、すげー見られている気配が……そもそもこんなに距離が近いの初めてなんだけど)
視線を感じる顔半分の頬だけが、だんだん熱くなっていくような気がする。
シャーペンの持ち方も、耳の形も、瞬きさえも全部彼女に見られている。
(ダメだ、恥ずかしくなってきた)
意識した途端に、鼓動は速くなっていく。
どうしてこんな日に限って、寝不足でバタバタと家から出てきてしまったのか。ちゃんと身だしなみを整えたかどうか、思い出そうとしても今朝の記憶のページは破けて遠くへ飛んでいる。
チラ、と横目で隣を見ると、ペンを持ったままの桐谷と目があった。
さっきまで被っていた白のキャップは荷物の上に乗せられ、綺麗な黒髪が肩まで流れていた。柔らかく大きな瞳に吸い込まれそうになる。白布は慌てて視線をノートに戻した。
(めっっっちゃ近いんですけど!)
さすがにこの距離でジロジロ見られることは耐えられそうになかった。一方的に観察されるほど、自分の外見に変なところがあるのだろうかと心配にも襲われる。
(居心地が悪すぎるだろ。こんなの絶対フェアじゃない。だってむしろ、俺のほうが桐谷さんを見たいのに)
意を決して、勢いよく横を向いた。たじろぎながらも「なに?俺に何か用?」と聞いてみる。
「へ?」
桐谷は驚いたような表情をした。「あ、ごめん。なんでもない」
なんでもないのにガン見するわけないだろ、という言葉をなんとか飲み込む。余りにも自分から出てくる口調が悪すぎる。なにか気の利く返しができたらと思ったけれども出てこなかった。