第10章 Love Me Tender(白布賢二郎)
夢と現実の狭間を何回も行き来した後、これはもうダメだ、と白布は悟った。
(……居眠りしよう。昨日ほとんど寝てないんだし)
半ば諦めながら、ペンを置いた。そして省みることにした。アラームに叩き起こされバタバタと家を出てきた今朝のことと、そうなるに至るまでの自分のミスの連鎖を。
思えば、はじまりは一昨日の夜にある。部活が終わった夜遅くに、川西から居酒屋に呼び出された。向かってみればテーブルには五色工も同席していて、何故かボロボロと泣いているその後輩から出来立てほやほやの失恋話を聞かされた。あれだ。全部あれが悪い。
傷ついた人間は心の穴を修復するために同じ話をぐるぐるとする。開き直ったように見せかけて急に泣き出したりする。まだ鮮度の高い玉砕のエピソードを白布はハイボールと一緒に忍耐強く聞き、適当に宥め、励まして、途中から焼酎に切り替えて、気付いたら自宅のベッドの上で朝日に起こされていた。
軽い二日酔いと共に大学で授業を受けていたところ、午後から登校してきた川西はすっきりした笑顔でこう言ってきた。
「そういや、レポートって明日締め切りだよな?」
白布はポカンとした後、思わず聞き返していた。
「……どの授業の課題?」
そこから今日の徹夜につながる。
明け方の仮眠の浮遊感。鳴り響くアラームを止めた右手。超特急で浴びたシャワーの熱と湯気や、唸りをあげるドライヤー。今朝のハイライトが走馬燈のように頭を巡る。
(待って、俺、2日間で合計何時間寝たんだろう…?)
ふっと身体から力が抜けて、机の上で両手に頭を乗せて目を閉じた。用語不明な言葉をマイクで話す教授の声が、深夜ラジオのように眠りへと誘う。
高校ではもちろん、大学に入学してからも白布は授業中に居眠りなんてほとんどしたことがなかった。
けれど、
(ここで無理したら熱が出そう)
頑張り屋だね、という言葉を生きてきて何回もかけられた。小学校でも、中学でも、高校でも。それに応えるように努力して、走り続ける心に身体が追いつかずに体調を何回も崩してきた。
壊れる前にブレーキをかけなきゃいけないんだと気づいたのは、最近のことだった。