第10章 Love Me Tender(白布賢二郎)
親切心とは違う。ギブアンドテイクの精神が通用するから、川西との付き合いは楽だと感じる。
歩きながらスマホをポケットに戻す。置き去りにした後方のギターの音色が遠ざかっていく。
授業は遅刻。友人は来ない。そして日常は余りにものどか。
ふぁ、と出てきたあくびを、白布は左手で受け止めた。
200人の学生を収容できる講義室は、白布の通う大学の中でも2番目に大きな教室だ。のんびり歩いて向かったおかげて、到着した頃には授業の始まりから10分以上が過ぎていた。後ろのドアからそっと中に入ると案の定教授が解説をしている真っ最中で、正面の大画面にテキスト用のスライドが映し出されていた。
遅刻とは言え、教壇に立つ教授の姿は白布の位置からは消しゴムくらいに小さく見える。それだけ広い教室なので、途中入室者も全く意に介されない。
白布はすぐ近くの空いている3人がけの机にバッグを置いた。端に1人座っていたので、ひとつ椅子を空けた反対側の端に座りながら「すみません」と小さく声をかけた。
「出席カードって、もう配られましたか?」
その男子学生は白布のほうを見ると「いま丁度、回ってきたとこ」と返した。さっきまで喫煙所で吸っていたのか、タバコの匂いが漂ってくる。「1番後ろの列だから余ってんだ。左の机に回してやって」と出席カードとレジュメのプリントを束で渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
ラッキー、と白布は心の中で喜んだ。どうやらギリギリ間に合ったらしい。欠席している川西の分のプリントを確保した後、今後の予備として出席カードは多めにもらっておくことにした。
普段、一番後ろの席に座ることはなかなか無い。教壇と物理的に離れ過ぎていて授業に集中できるか不安だったが、とにかく机の上に筆記用具を揃えて、映し出されているスライドと教授の解説から授業を追いかけようと試みる。
異変はすぐに表れた。
(………眠い)
とにかく眠い。
プリントの内容が全然頭に入ってこない。
全ッ然、頭に入ってこない。
頑張ってはみるものの、いつの間にかうとうとしてしまい、握っていたシャーペンがぽとりと白布の手から落ちた。ハッと目が覚めて、ペンを握り直す。そしてまた船を漕ぐ。