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世界の果てのゴミ捨て場(HQ)

第1章 恋とウイルス(縁下力)





 苦笑しながら先輩は、でも、と続けた。「弱そうに見えるのかな、俺。初対面で舐められることは、確かにあるんだ。部活の試合でも、序盤で狙われることが多くて」
 
「大変なんですね」
 
「見くびられることは悪いことじゃないと思う」
 聖書を読むような神々しさで、先輩は言った。「昔の戦略としてあるんだ。『始めは処女の如く、後は脱兎の如し』って」
 
「下ネタですか?」
 
「故事成語だよ。ソンシのヒョウホウ」
 
 首を傾げていると、字を教えてくれた。孫子の兵法。中国の、孔子、荘子、孫子。兵法。
 文字を見てもピンと来ないので、また首を傾げる。
 
 
「先輩が平気な顔で処女なんて言葉を口にされたのでびっくりしました」
 
 正直な気持ちを伝えると、縁下先輩は哀れむような顔でわたしを見た。優等生な見た目とのそのギャップが、わたしの心の奥をくすぐる。先輩は咳払いをひとつした。
 
「最初は、慎ましく、相手に警戒させない。油断させておいて、ある地点で一気に攻める。って意味」
 
「それを部活の試合でやるってわけですか」
 
「そこまでの実力が付けば、良いなと思っている」
 
「なるほど、察しました」
 
「まあ、ウチには最初から脱兎な勢いの奴らがいるから、難しいことだとは思うけど・・・」
 
 ウチ、というのが何処の範囲なのか分からないけれど、きっと何か色々あるのだろう。コンビニでアルバイトをするわたしにはわからない何かが。
 
「頑張ってください、縁下先輩」
 
 窓から差し込む春の陽光のおかげで、わたしたちのいる場所は柔らかいひだまりになっていた。ごろごろと喉を鳴らす猫の気分になる。わたしに長いしっぽが付いていたら、くねりくねりと動いていたかもしれない。
 
 
「桐谷さんも、そのうちわかるよ。」
 
 先輩の言葉の意味もわからずに、そうですねぇ、と返しておいた。
 
 
 
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