第9章 まだだよ(澤村大地)
神社の鳥居に背を預けて立っているあたしを見つけた澤村は、驚きもせず、なぜか可笑しそうに笑った。
「あれ?桐谷か。誰かと思ったよ。どうしてここにいるんだ?」
炭酸水の入ったペットボトルを掲げて、あたしは答える。「別に、たまたまだよ」嘘です。
「へえ、じゃあ偶然だな」
澤村はそう言って、手の甲で顎の汗をぬぐった。呼吸を整えるために息を吸う動作で、Tシャツの上からでも肺の動きがわかりそう。
「澤村、部活休みでトレーニング?偉いね」
「ああ。よく分かったな」
「誰が見ても走ってたし」
「そっか」澤村は腰に手を当てて、鳥居を見上げる。「ロードワークの途中で、いつもこの神社の前を通るんだ」
「なるほど」
本当は知ってます。道宮ちゃんが前に言っていたから。
澤村がこのルートを通ること。あたしに気付いたら話しかけてくれること。ぜんぶ知ってて、ここに立っていました。卑怯だよね。伝えたいことがあるわけでもないのに。