第9章 まだだよ(澤村大地)
ちょっと昔、宮城のとある中学校のお話だ。テニス部は軟式しかなくて、校舎の西側に男子テニス部用のコートが2面。その隣には、女子用のコートが1面敷かれてあった。ボールが飛んでいかないように、周りは緑色の金網で囲われていて、外側は車の走る公道とサッカー場が隣接していた。
時期は、たぶん1980年代後半。まだJリーグができる前。当時元気しかもっていないサッカー部員たちは、金網ごしに「セーラー服を脱がさないで」を踊り狂って女子をからかい、その度に女子テニス部の部長が怒って追い払っていた。勢いよく逃げる男子たちと、笑いながら見送る女子たち。弾けるような声が青空に響く毎日は、永遠に続きそうに思えた。
その夏を過ごしたふたり、リフティングが上手いお調子者の男子と、テニスラケットを振り上げる正義感の強い女子。いつも金網を挟んで目が合っていた。それがあたしのパパとママ。ふたりは10年後に結婚して、その後まもなく、あたしは産まれた。
パパとママは、今でも仲が良い。喧嘩はしょっちゅうしてるけど。お互い頑固で譲り合わない性格だから、2人の喧嘩はとっても……見応えがある。あたしはいつも、どちらが先に「ごめんなさい」を言うのか心の中で賭けている。先に白旗を挙げるのは80%の確率でパパ。でもパパは毎朝、ママのためにコーヒーを淹れる。ママも毎日、パパとあたしのために朝ご飯のパンを買いに行く。金網の代わりに、ふたりの愛に挟まれて育ったあたしが知っていることは、喧嘩の多さと夫婦仲はあんまり関係ないということ。それから、初恋の相手と結ばれる人生は素敵だということだ。
だから知らなかったんだよね。
片想いがこんなにしんどいってこと。