第8章 放課後のHegira(木兎光太郎)
「いいんじゃん?焼肉も」
私はそう結論づけた後、「たまには、良いかな、という感じ」と付け足した。
ふうん、と言った友人は、赤いミニトマトを口に運んだ。 そして何か言おうと小さく息を吸った後、ふいに黙った。込み上げてきたものを飲み込んだようでもあったし、彼女の右手が彼女の口を押さえ込んだようにも見えた。
え、なになに?どうしたの、と私が聞く暇もなく、サッと立ち上がってどこかへ行ってしまう。突然吐き気に襲われたのだろうか、とポカンとしていたら、「ねえ!」と声をかけられた。
振り向くと、後ろに木兎くんが立っていた。私の座っている椅子の背もたれに両手を乗せて、体重をかけるように覗き込んでいる。多い被さるように、大きな影が落ちてきた。
「今、焼肉行きたいって言った?」
「え?」
聞き返す私の上ずった声と、「おい」と横から割ってくる別の声が重なった。木葉くんだ。
「やめろやめろ。見ず知らずだろ。うちのクラスの女子に絡むな」
木葉くんは慣れた様子で木兎くんの肩を掴んで引き剥がした後、手錠をかけるようにその両手首を押さえた。私に向かって、愛想良く笑う。「ごめんなー、桐谷」
「桐谷!」復唱した木兎くんの頭を木葉くんが素早く叩いた。
私は呆気にとられながら、さっきまで蚊帳の外から眺めていたコントみたいなやり取りの中に自分も巻き込まれてしまっている、という事実と、友人が突然席を立ってどこかへ行ってしまった理由を徐々に理解していく。木葉くんはしきりに謝罪を被せてきた。
「悪い。ごめんな。こいつ人に対して壁がなさすぎるんだよ。なかなか躾からなくてさ」
「あぁ、」と私はどうにか言った。「うちの犬も同じ」
「でもさ、言ってたじゃん」問答無用で木兎くんが間に割り込んでくる。「たまには良いって。ね?」
「あ、ウン」確かに言った。よく聞こえたな。
「ウンじゃないんだよなー、桐谷」
心なしか、木葉くんの笑顔が引きつっていた。木兎くんの両手を押さえたまま、「ほら、1組に帰るぞー」と引きずっていく。それでも木兎くんの爛々とした興味は私のほうへ注がれた。