第8章 放課後のHegira(木兎光太郎)
振り返ると、すぐ後ろで男子バレー部の数人が机で島を作って昼食を囲んでいる。お握りを片手に持った木兎くんが大きな目で周りを見渡し、その他のメンバーは思い思いの方向へ顔を背けているところだった。変な光景。
「あのさ、俺、焼肉行きたい」
木兎くんが繰り返した。誰も返事をしていない。木兎くんは主張を続けた。「今日の放課後…」
「おっと、5限の古典の宿題まだやってねーわ」
小見くんが遮るように立ち上がった。皮切りにして他のメンバーも席を立つ。
「日直の仕事が残っている」「ごちそーさまー」「妹にメール返信しないと」「猿杙、お前妹なんていねーだろ」「あー、うん、この前できた」「彼女みたいに言うなよ…」
ぞろぞろと去って行く波に残された木兎くんは、「え?えー!なんでだよ!」と座ったまま両手を振り上げた。教室の白いカーテンが風を孕んで、ドレスのようにふわりと浮かぶ。
「琴葉」
ふいに声をかけられてハッとする。正面に座っている友人が、呆れたような、咎めるような視線をくれていた。「珍しいからって、ジロジロ見すぎ」
「あー、ごめんごめん」
図星なので笑ってごまかす。友人は長女気質だ。私がバレー部の即興コントみたいなやり取りに気をとられている間に昼食を片付けてしまったらしい。彼女の手の中はデザートの杏仁豆腐だけになっていた。私のお弁当箱は、中身がまだ半分も残っている。
「琴葉、道端でも変な人がいると見てるよね」
「そうかな?」
甘い匂いのする玉子焼きを口に入れる直前で止めて首を傾げてみるけれど、そうかもしれない、と自分でも思い当たる節はある。ぶつぶつ独り言を唱えている人、浮世離れした格好の人、千鳥足で酔っ払ってる人。目に留まったらつい見てしまう。見ちゃいけません、的な物ほど惹かれてしまう。珍しいから。これまでの人生や、この後の行く末が気になってしまうから。
「知らない振りをするのが一番だぞ?」
心配してくれているのか、面白がっているのか分からない口調だ。でもそういう種類の人たちと木兎くんを一緒にするのは失礼じゃないかな、と言おうとしたところに「なあ、木葉ー!」とまた聞こえてきて注意を奪われてしまう。友人が「ほら見ろ」と笑う。
「許してよ。やっぱり気になるんだもん」言い訳にもならない。私は椅子の背もたれに肘を乗せて後ろを見た。