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世界の果てのゴミ捨て場(HQ)

第7章 風にそよぐ場所(北信介)




 「わ、虹じゃん」と間抜けにも声に出ていた。校舎から始まり街にかかるように、七色のアーチができていた。誰が見ても虹で、ピークを過ぎて半分は消えかけていた。あと数分ももたない、と気付いて私は焦った。誰かいないか、と外に比べると薄暗い廊下を見渡したとき、バレー部の集団が通りがかった。思わず、右手を挙げて名前を呼んでいた。


「信介!」

 運動着の彼らは走り込むために体育館へ向かっている途中だったのかもしれない。正直なところ、呼ぶのは誰でも良かった。(私の声に、何事かとみんなが立ち止まってくれたし)でも名前が分かるのが信介だけだった。

「信介こっち!きて!はやく!!」


 大柄な部員たちの中で、感情の動きが乏しい信介だけ、温度が低そうに見える。後輩たちにひと言声をかけて先に行かせると、こちらに大股で向かって来た。


「どうしたん、」言い掛けた信介の腕を私は掴んだ。「見てよ、あれ」と窓に引き寄せたとき、雲間から太陽が顔を出した。

「まぶし」と信介は呟いたあと、「お、」と虹のほうを見て無言になった。半袖のTシャツから伸びる信介の腕から、筋肉の感触や体温が伝わってくる。急ぐあまり腕を絡めてしまった私は、離すタイミングを逃して戸惑い出す。そのくらい沈黙は長かった。


「な、なんか言ったらどうなん」

「久しぶりに見た」

「そんだけか」
 淡泊やなぁー!と大げさに言った。こちらだけ照れているのを悟られたくはなかった。「他になんか言ってや」

「見事な虹やな」

「盆栽とちゃうねんで」

 笑いながら、腕の力を緩めてそっと離れた。窓の下の地面はアスファルトで、日陰のところはまだ乾いていない。濡れた地面が光を反射していた。

「で?」信介がこちらを向いた。鼻先が私の髪を掠めた。思わず「オゥ」と声が出てしまって私はまた一歩下がった。信介は何も言わなかったし表情も落ち着いたままだった。けれど、見えないメッセージを発信していた。


で?

虹だけれども。これが何か?と。

もしかして、わざわざ呼んだ理由がこれか?と。少なくとも私はそう受け取った。


 その見えないクエスチョンマークは質量をもち、圧力を放っていた。「ご、ごめんな信介」と謝りながら更なる後退をする私の身体は、完全に日の当たらないところへ入った。

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