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世界の果てのゴミ捨て場(HQ)

第7章 風にそよぐ場所(北信介)



 帰りのホームルームの時間に、夕立が降り出した。煩悩だらけの学校が滝行でも始めたのかと思うくらい、激しい土砂降りだった。「うわ、タイミング最悪」「傘持ってきてねーし」とみんなが口々に文句を言う。その誹謗中傷に心を痛めた訳ではないと思うが、拍手のような粒の音はあっと言う間に弱まった。雨足は夏の校庭を駆け抜けて、ひんやりとした空気だけを残していった。


 美術室は場所が悪いのか、教室よりも湿度が高くなる。私は長机の上に荷物を置いたあと、廊下の端で乾かしている木製パネルの様子を見に行った。昨日水張りをしたばかりで、夕立の湿気を吸って紙がダメになってしまっていないか心配だったからだ。これから鉛筆でラフを乗せていくのに、紙の状態が悪かったら最悪の場合張り直しになる。面倒臭い面倒臭い。


 幸い、風通りの良い所に置いたので紙は無事だった。壁に立てかけてある木製パネルをひっくり返して、表面に貼られた紙がぴったりくっついていることを確認する。しゃがみこんで、側面の折り目まで目を通す。異常なし。つつがなし。問題があるとするなら、この紙の上に何を描くか、まだ私が決めていないことくらいだ。


 スカートを押さえながら立ち上がった時、窓の向こうがふと目に入った。雲の間から青空が見えているけれど、ガラスには水滴が残っている。たまには風景画も良いかもしれない、と考えながら鍵を外して窓を開けると、風が吹き込んで目に見えない流れが髪をさらった。やっぱり抽象絵画にしようかな。心が動く。 悩ましい、と校庭を見下ろしながら窓枠に肘をついた。

 頭の中は空っぽだった。雨に濡れた土と夏の気配が空気のなかに漂っている。何かしらのインスピレーションが降って来るまで、ここで風の匂いを嗅いでいたい。実質的なことを言うならサボりだけれど、美術室にいて良い構図が浮かんだことなんて1回もなかった。学校の屋上で描けたら良いのに、と私はこれまでに幾度となく考えてきた。

 美術室の中は静かすぎるのかもしれない、と思った。対照的に、外からは野球部のグラウンドを走る声が聞こえてくる。窓枠に身体を預けながら、右から左へ通り過ぎる掛け声を追いかける。目線を移動させたとき、視界に虹が入ってきた。

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