第1章 恋とウイルス(縁下力)
保健委員の中から好みの人を見つけるのは簡単だった。中肉中背って、この人のことを言うんだろうな、と思うくらい、目立った特徴のない人。でも、優しい絵本を読んでるみたいな、ほわほわとした空気が周りにたゆたっている男の先輩。どんな名前だろう、と期待しすぎたのがまずかった。彼の番が回ってきた時である。
「縁下力です」
「んふっ」
つい、笑ってしまった人がいた。他でもないわたしであった。だって自分の引き出しにはないネーミングセンスだったから。縁の下の力持ちって、そのまんまじゃん、って。
控えめにこぼれた声だったけど、静かな教室内では目立ったと思う。
いけない、とあわてて口を押さえたことで「笑ったのはこのわたしです」と分かりやすく自白している形になり、周りにいた2,3人から遠慮気味の笑いを誘ってしまった。どちらかと言うと、それはわたしに向けてのものだったから、おかげで場が和やかになり、なんとなく受け流された。
けれど、わたしが先輩の名前に吹き出してしまった事実は消えない。
申し訳ない、と思った。名前なんて本人にはどうこうできることではないのに。
どうしよう、いきなり嫌われただろうか、と心配になる。縁下先輩は、あきれたような、諦めたような苦笑をわたしに返した。その困ったような顔もきゅんときたなんて、口が割けても言えない。
わたしはそれ以上、先輩を直視することができず、居たたまれなさから顔を伏せておくことにした。自己紹介の後の、委員長や副委員長決めが終わり、解散となった瞬間、教室から逃げるように飛び出した。
以上が先月起こった事の顛末である。
いつかちゃんと謝らなければ。
罪悪感を抱えたまま、高校生最初の4月をわたしは過ごした。きっと失礼な1年女子だと思われている。怒っているかもしれない。傷つけてしまったかもしれない。委員会以外で縁下先輩との接点はほぼゼロだったが、移動教室や昼休みの廊下で、それらしき人を見かける度に、曲がり角やロッカーの陰に隠れた。渡り廊下の向こうから先輩がやってくるのに気がつき、逃げる場所がなく手近の女子トイレに駆け込んだこともある。