第1章 恋とウイルス(縁下力)
「それは、作業が早くなるんですか」
「やってみてダメだったら、戻せばいい」
「………………わかりました」
先輩の指示通り、わたしは紙をまとめる専門になった。それを先輩がホチキスで止めていく。パチン、パチン、パチン。
結果は圧倒的だった。紙をめくる音、ホチキスの音。作業にリズムが生まれ、出来上がりの山はどんどん高くなっていく。すごい、これは、
「産業革命……!」
思わず口にすると、縁下先輩が手を止めた。様子を伺うと、先輩は小さく声を出して笑っていた。ツボに入ったのか、肩をふるわせている。
「桐谷さんて、面白いね」
どうやら口もとの緩みを抑えられないらしい。あぁ、と思う。今なら、
柔らかくなった空気が、わたしの背中を押した。
今なら、ちゃんと謝れるかもしれない。
わたしは俯いて、この1ヶ月間を思い出す。
わたしと縁下先輩の出会いは、4月のはじめ。保健委員の顔合わせの時だった。
忙しい高校生活の中、地味な委員会活動にやる気が出るわけもなく、おそらくわたし以外のメンバーも、クラスのじゃんけんやくじで運悪く選ばれたのだろう。集まった最初から、だるい雰囲気が教室内に漂っていた。まとめ役は保健体育の先生で、委員会の活動内容を説明した後、簡単な自己紹介をするようわたしたちを促した。
「1年1組、桐谷琴葉です。よろしくお願いします」
トップバッターに指名され、 さっと終わらせたわたしは、上級生の観察に勤しんだ。
面倒なことには、楽しみをひとつ作れば良い、と考えているわたしである。学校も塾もアルバイト先のコンビニにも、そして不本意で選ばれた委員会でも、お気に入りの人が男女問わずひとりでもいると、苦痛な時間も楽しみに変わるものだ。身の回りの素敵な人から、好物の赤いイチゴを丸ごと1パック プレゼントしてもらう場面を妄想して過ごすのが、わたしなりの現実逃避のやり方だった。