第5章 レモネードの作り方(赤葦京治)
暑い、とか、危ない、とかいつもならつれなく怒るはずなのに、今日は何も言われない。あれ?と思って手を回す。呼吸と一緒に上下するお互いの感覚に身を委ねていると、ゆっくりと安心してくる。私ね、と小さく言って彼のシャツに顔を埋めた。
「今日いちにち、何もしてない。だらしない彼女だ」
「それって一番贅沢な時間の使い方じゃん、正解正解」
輪切りになったレモンが瓶に敷き詰められていく。半透明の果肉の重なりは神秘的なものに見えてくる。
「琴葉はさ、少し、完璧を求めすぎてるんじゃないかな」
以前から、京治は私に言ってくれていた。今回上手くいかなかったのは、タイミングが悪いか、やり方が悪いか、それか相性が悪かったからで、琴葉の存在がだめなわけじゃない、と。
「知ってる?」と私に尋ねる。「石英は、不純物によって色が変わるって話。混じり気が無いと透明な水晶、鉄イオンが混ざって変化すると紫のアメジスト。成分は同じでもノイズで個性が出てくる。紅色、黄色、黒色、緑。結晶構造まで変わるとメノウ、オパール、オニキス。人もそれぞれだ」
「でも透明度が高いほうがやっぱり良いでしょ」
「個性的なほうが世界にひとつで俺は好きだと思うけど」
瓶の中にレモンが層になって重なる。たっぷりのお砂糖と、蜂蜜と一緒に。最後に蓋をきっちり締めて、よし、と京治は手を拭いた。