第5章 レモネードの作り方(赤葦京治)
「何作ろうか?」と京治が覗き込むように尋ねてくる。私が意地を張って黙っていると、小声で「ほら、ほら」と肘で小突いてくるので、しょうがなく口を開いた。
「ジャム、とか」
「うん」
「レモンパイ、とか」
「いいね」
「塩レモンのパスタ」
「鍋も美味いって聞いたことある」
「でもやっぱり、」と私は顔を上げた。「冷たいレモネード」
「賛成」
袋を持った京治はキッチンへ向かう。「というかその用意しかしてない」
つられて振り向くと、散らかった部屋が目に入る。脱ぎっぱなしになった服、落ちている不採用通知。頭がくらりとする。数時間前に郵便で届いた封筒を開けた時の気持ちは鮮明に思い出せる。またちょっと泣きそうになった。
まな板の上で、丸いレモンが薄く輪切りにされていくのをキッチンのカウンター越しに眺めた。短い果物包丁を扱う京治は、左手を猫の手みたいに丸めて慎重にスライスしている。
「俺の叔父さんはレモンとみかんを栽培しててさ。国産、無農薬、ノーワックス」と謳う割に皮は苦味が出るらしく、子供舌の私のために、種や白いわたと一緒に丁寧に取り除かれた。
「皮も何かに使える?」隣に移動しながら私は尋ねた。「レモンピール、って聞いたことある」
「入浴剤にもできるのかな、柚子湯みたいに」
「掃除にも使えそう」
「琴葉、ここの家、レモンの絞り器は?」
「そういう気の利いたものはないんだ」
あっ、そう、と言う代わりに、京治は眉を上げた。それから切り込みを入れた半分を「失礼、」と言って涼しい顔で片手で握り潰した。
突然の容赦の無さにびっくりして、思わず私は笑ってしまった。握った彼の拳から、透明な汁が滴り落ちていく。目を細めたことで分かる腫れぼったくなった自分のまぶたの感覚が恥ずかしくて「やめてあげてレモンがかわいそう!」と言いながら京治の身体にもたれかかった。