第5章 レモネードの作り方(赤葦京治)
しばらく無言で座っていた。しめやかな空気を持て余したのか「えーと琴葉、最初に聞きたいんだけど」と京治がぎこちなく口を開いた。
「どこか体調悪い?」
私は黙って首を横に振る。身体は気怠いけれど、悲しいかな、それは精神的なものが原因だった。すぐさま「じゃあ意気消沈してるだけ?」と質問が続く。失礼だけど、そんな言葉で片付けたくはない。
「別に…」
意地を張った私の声は拗ねた子供みたいで、いつから自分はこんな捻くれた人間になってしまったのかと悲しくなった。ぎゅっと口を結んだ。
「そっか」
反対に、京治の声はなんだか緩んでいた。
「安心した。琴葉は、そうだな……ちょっと疲れちゃったのかもね」
う、やばい。体温のある慰めに視界が涙で滲む。ひとりで泣きすぎて生まれた鈍い頭痛は、泣くと和らいでかえって落ち着くものだった。このままぎゅっと抱きしめられたい、と思うけど、京治はゆっくり立ち上がり、カーテンを両手でめくって外を覗いた後、私の頭にぽんぽんと手を置いてから部屋の電気を点けに動いた。
「見てよ、さっき宅配で届いたんだ、なんだと思う?」ガサゴソと袋を漁る音がする。
「レモン」鼻をすすりながら、私は振り向かずに答える。
「お、正解」
目の前に置いてくれた。袋いっぱいに詰まった、はじけるような甘酸っぱい香りと黄色。シーリングライトの光を反射してそれは鮮やかに眩しくて、自分よりもよっぽど生気に満ちているようだった。
それにしても大量の数。すごいね、と言おうと京治を見たら、レモンじゃなくてこっちを見ているのでぱちんと目が合った。
「すごいよね、俺も最初にもらった時に驚いて、琴葉にも見せたいって思って持ってきたんだ」
そういうのってずるい。京治は外の世界で出会ったいろんな光景や感覚を、私と共有したがる人だった。ほら、見てよ、とスマホで撮った写真をみせてくれるとき、幸せそうな、優しい眼差しをしていることを私は随分前から知っていた。