第5章 レモネードの作り方(赤葦京治)
昼過ぎになってもカーテンを閉めていた。世界と断絶してひとりになる方法をそれしか思いつけなかったから、昼過ぎになってもカーテンを閉めていた。薄暗い7.5畳の空間の隅で私は膝を抱えて、唯一好きなロックバンドの音楽だけを小さく流した。
エアコンの空調でカーテンはそよそよと揺れる。その隙間から、陽の光と、このアパートの前に面した道路をはしゃぎ通り過ぎていく子供の声が侵入してくる。外の世界の平穏さが、今の自分には息苦しかった。
初めてのひとり暮らしの住処として選んだこの物件は、築年数の割に内装が新しく、バス・トイレ別で、家賃も手頃で、その良い条件の分だけ壁が薄かった。隣や上の部屋で暮らす人の生活音や共同廊下からの話し声が聞こえてしまう。周囲の音へじっと耳を澄ましていると、まるでアパートと一体化したような気分になる。世界でひとりになるには向いていない場所だった。
時折り、共用廊下を行き交う足音がする。そのうちのひとつが、私のいる部屋のドアの前で止まった。
インターホンは鳴らない。合鍵でその人はドアを開ける。ビニール袋か何か持っているのか、ガサガサとした音も連れているのを私は背中で聞いていた。
「琴葉、寝てるの?」
京治の声だ。「急にごめん。瀬戸内の親戚がこれ荷物で送ってくれてさ、」そこで彼の言葉は途切れた。
室内の様子に呆れかえったのかもしれない。あるいは、床に投げ捨てられた一枚の不採用通知が目に入って全て察してくれた可能性もある。とにかく壁の方を向いて座っている私には彼の表情は見えないけれど、なんとなく、その沈黙に動揺の気配が無いことだけは分かって、少しだけ救われた。
手洗いうがいを済ませてから私の隣にしゃがんだ京治は、いつもと違う香りをしていた。
すっきりとして甘酸っぱい。レモンだ、とすぐに気がつく。香水のような人工的な匂いではなく、苦さも混じった本物のレモンの香り。なぜこの人が纏っているのだろうと思うけれど、素直に顔を見たらせっかく止まった涙がまた出てきてしまいそうな気がして私は、余計に自分の膝を強く抱えて床に垂れた彼の右手の甲を見ていた。