第1章 恋とウイルス(縁下力)
保健委員は、各クラス1名ずつが選出されて構成される。わたしはクラス内のじゃんけんに負け、1年1組の保健委員を担当することになり、更に保健委員の中でのじゃんけんにも負け、この放課後の作業を押し付けられた。もし、あの時、わたしの他にパーを出したのが縁下先輩でなかったら。せめてもう一人誰かがいたら。今と状況は変わっていたはずだ。
穏やかな雰囲気の縁下先輩とは、ろくな会話はしていない。言葉はなくても、同じ部屋にいるって、ただそれだけで、周りの空気も時間もゆるむ気がした。先輩は、休日の朝のベッドの中でのまどろみ みたいな、ずっとこうしてぬくぬくしてたいなぁーって気分にさせてくれる人だった。眠そうな目の先輩よりも、わたしのほうが先に寝てしまいそうである。
でも、負けてはいけない。わたしは先輩に伝えたいことがあった。
物思いに耽りながら手を動かしている先輩をちらちらと見ながら、話を切り出すタイミングを伺う。この人は、ご飯を食べる時も勉強をする時も、こんな風に淡々とこなすのだろうか、と想像していたら、向こうからふと話しかけられた。
「考えたんだけど」
先輩が顔を上げる。すでに見ていたわたしと目が合う。もしや怒られるのでは、と構えるわたしに、先輩は提案をした。
「やり方を変えてみるのは、どうかな」
「……と、言いますと?」
「別々に並行でやってるけど、二人の流れ作業でやろう。桐谷さんは、プリントを取って、俺に渡す。で、俺はそれを受け取って、ホチキスで止める」
話しかけることばかりに気を取られていたので、目の前の仕事について言われているのだと理解するまで、少し時間がかかった。