第4章 縦に線(菅原孝支)
この時期の受験生にとって、体育はもはや学校公認のストレス発散の時間になっていた。準備体操が終わったら、身体を動かしたい人は運動し、喋りたい人は座って話す。先生は寛容だった。進学クラスと普通クラスでコマ数が違うという噂まである。
部活も引退、勉強ばかり。そんな日々だから体育は、異様にテンションの高い男子たちが1on1とか始めちゃったり、ダンクとか決めようとしちゃったりしはじめる。付き合いでそれに参加している様子の菅原を視界の端に留めながら、七海の嘆きを聞いていた。
バレー部はまだ現役だからか、菅原のボールの扱いは他の男子より上手に見えた。バスケではがむしゃらにシュートなんかせず、周りにパスをしてチャンスをつくってあげるタイプみたいで、ボールを放つ彼の指先に心を惹かれていたら、「ええやん、京都。はんなりしてて」と果歩ちゃんがちょっとずれたフォローをするので、壁際の現実に戻される。
「でもあたしは行きたい学校がもうあるの!」
七海が駄々をこねる。「あたしの夢は無視なの?遠距離とか絶対無理!」
「遠距離か......」思わずしみじみと言ってしまった。私だったら、告白されたらすぐに菅原と同じ大学に行くのに、という言葉を飲み込む。
立ち止まって息を整える菅原がふとこちらを見た、気がして視線を逸らしてしまった。
何事もカラオケみたいに点数が出たらいいのに、とぼんやりと思う。そしたら色々割り切れるのに。
好きな子はいるんだろうか。 毎日私みたいに、ぼーっとするときがあるんだろうか。 私がこんなに苦しい思いをしているということを、彼は知っているんだろうか 。
「あたし、卒業したらどうなるんだろ」
友達がこんなに悩んでいる。ふざけて合ってボールを追う男子を見ている。菅原を見てしまう。「卒業かぁ」と果歩ちゃんが言った。シュートが飛んだ。男子の歓声に紛れて、七海の声が少し潤んで耳に届いた。「したくないな、卒業」