第4章 縦に線(菅原孝支)
空気も肌寒く外で食べている人は少ない。紅葉に染まる木の陰にくっついて座る二人は、それが一つの世界であるかのようだった。
彼氏がいるなんて聞いてない。
いつからだろう、と菅原の向こうに立つ果歩ちゃんに目線を送る。彼女も分からないのか、困ったように肩をすくめられた。
「彼氏と会うくらい、隠さなくてもええのにね」
「恥ずかしいんだろー?からかわれるのが」
「菅原くんは乙女心がわかるんやねぇ」
明るく返す果歩ちゃんは「って言うか」と笑って目の前の光景を指差した。「菅原くんは、これをひとりで見てたわけ?」
「見てた」
頬杖をつき直した菅原は、にひひ、とゆるく笑った。「なんかさー、ほっこりするじゃん?最近受験で荒んでっからさ、こう言うの見ると癒されるっつーかさ」
「癒される……のかな?」
疑問を口にして、私もつられて笑った。私、菅原、果歩ちゃんの順番で並んでいた。菅原の横顔の向こうに果歩ちゃんが見えていた。
秋の匂いがしていた。3人で中庭を見下ろしている。
ふと、幸せだなと感じた。
この瞬間のことを、卒業しても、いつまでも覚えていられたらいいのに。
風が吹き、飛ばされないようにプリントの束を持ち直す。私の手元をチラッと見た菅原が、アッ!と声をあげた。
「それ、今日提出だっけ!?」
私に質問してくる。澄んだ茶色の瞳がいつもより近かった。直視できず、私は俯く。「うん」とかろうじて頷いた。
「あっぶねー!」
菅原が教室に駆け込んでいく。すぐに戻ってくると、「ごめん桐谷、これもよろしく!」と私の手の中にプリントを乗せた。
「危なっかしいねぇ」果歩ちゃんはどうしてそんなに言葉がスラスラ出てくるんだろう、と羨ましくなる。私も菅原に何か言いたかったけれど、声にできずに視線を下げたままでいた。
一番上に乗せられた、菅原の進路希望調査表。二つ折りしたあとが残っていて、紙の真ん中が少し浮いていた。学校名、と頭を過ぎる。菅原はどこに進学するつもりなんだろう。
一人だったら、こっそり見ていたかもしれない。そして後で自分を責めるんだろう。果歩ちゃんが側にいてくれてよかった、と心の中で感謝した。