第2章 石鹸玉の内側へ(佐久早聖臣)
広場の中央には細い柱時計が一つある。尖った針が5時半を告げていた。寒さが深まるにつれ、日が昇る時刻はどんどん遅くなっている。
「今日は冷えるね」独り言のように私は呟く。
「夜明け前は、気温が一番低い」聖臣が鼻をすすって、マスクの位置を右手で直した。
静かな暁の空気によって、会話が途切れそうになる。琴葉、と つなぐように名前を呼ばれる。
「・・・・・・なんか、俺に怒ってる?」
「怒ってないよ」
怒ってないし、怒るようなこともない。
淡泊な返答が続いたからだろうか。
ヤマアラシばかり見ている私は、聖臣の目には不機嫌に映ったのかもしれない。
「俺、飲み物買ってくる。何がいい」
「あったかいもの」
ポケットに両手を突っ込んだ聖臣は、私を見たまま動かない。レモンティー、と私が伝えると、頷いて自販機へと足を向けた。
聖臣は変だ。
何かから自分を守るように、マスクをしょっちゅうつけている。同じシューズを何足も持ってて、朝の5時に目をさます。いつもと違うことが起こると、迷惑そうな顔をする。部屋で私を押し倒す時はベッドじゃなくてラグの上。それは彼なりの優しさと譲歩と理性との戦いの結果であった。