第2章 起
「前回の出陣で沖田くんの戦いを見てたから覚えてるんだ。この男と斬り合ってる最中に沖田くんは吐血した」
安定は重なるようにして倒れた死体に視線を向けた。
"この男"というのがどちらを指していたのかは分からなかったがそんな些細な事を気にしている余裕は無かった。
「だ、大丈夫だって。こんな奴どうせ安定が殺らなくても近藤さんや別の隊士に殺られてたでしょ」
根拠のないでまかせが口を付いて出る。
そうであってくれと、願わずにはいられない。
「いや……儂はこいつをよお知っちょる」
陸奥守吉行がいつになく深刻な声で言った。
「龍馬と同じ土佐の出での。……名は確か、野老山 吾吉郎(ところやま あきちろう)じゃったか。こん男は池田屋事件の……」
「待てよ、陸奥守っ!待ってくれ…」
清光はその先の言葉が、緩やかな破滅へと続いている事を直感的に感じ取っていた。
「……数少ない生き残りぜよ」
むせ返る様な血の臭いと、鉛の様な沈黙が場を支配した。
生き残るべき者が死に、死ぬべき者が生きる。
故意にせよ、過失にせよ、歴史を変える事は重罪だ。
幕末という混乱期に幕府側と尊皇攘夷派の不安定な均衡を崩す事がこの後の歴史にどう影響を及ぼすのか。
ただの刀である彼らに推し量る事は不可能だった。
「兎に角、今に新撰組の討ち入りが始まってしまう。一度本丸に戻って主の指示を仰ごう」
池田屋事件の先陣を切った近藤勇の刀である長曽祢虎徹に促され、部隊は重苦しい凱旋を遂げた。