第2章 起
時は過ぎて、春一番が桜のつぼみを膨らませる頃。
加州清光、大和守安定をはじめとする六振りに池田屋出陣の命が出た。
彼らはいつも通り戦支度を整えると仲間に見守られながら、隊長に任命された加州清光に続き時空制御装置の発する光に包まれ消えていった。
1864年の7月8日。蒸し暑いという程の気温ではないのだが、幕末という時代のせいか、どこか浮足立つような熱気と胸騒ぎをヒリヒリと肌で感じる。
「偵察、苦手なんだよなぁ…」
「コラ清光!文句言ってないでさっさと行くよ」
既に何度か池田屋での戦闘を経験済みだった彼らはすぐに時間遡行軍を見つけると次々に撃破していった。
「行くよ、兼さん!」
「任せろ!」
和泉守兼定と堀川国広が息の合った剣撃で最後の敵を葬り去ると、辺りは一気に静けさを取り戻す。池田屋事件という嵐の前の静けさを。
「逃げた敵がいないか、一応確認してくるね」
安定が主戦場となっていた一階に背を向け、慌ただしく階段を駆け上がって行った。
清光は隊長として無事に戦闘を終えた安堵からか「気ぃつけろよー」と間延びした返事だけを返し、安定を振り返る事もしなかった。
刀身に付着した血を振り払い、慣れた手付きで鞘に収める。
油断していたと言えばそれまでだが、一階に残った刀達は倒した敵の数を競い誰が誉だとか、早く帰って酒が飲みたいとか下らない事を言い合っていた、その時。
二階から金属同士のぶつかる甲高い音が響く。
皆の顔色が一瞬にして強張る。
清光は収めたばかりの刀を再び構え、角度の急な階段を一気に駆け上がる。
階段を登り切った先の廊下の突き当りに、浅葱色の羽織りを血に染めた安定が立っていた。
「大丈夫かっ、安定ッ!」
鉄臭い赤い水溜りの中、安定は死人のような青い顔をして立っていたが、駆け寄って見るとその血の殆どは返り血であった。
「きよ、みつ……どうしよう僕、」
足元には死体が二つ転がっている。一つは腕の取れかけた物。もう一つは肩の傷口から湧き水のように血を吹き出している物。
「……歴史、変えちゃったかもしれない」
その時、大和守安定の犯した過ちの大きさにまだ誰も気付いていなかった。