第1章 I (can not) see you.(及川徹)
「さすがの及川徹だってひどく傷ついたら死んじゃうかもよ?」
「網翅目最速の節足動物よりしぶとそうなのに?」
「誰 が ゴ キ ブ リ だ コ ラ」
あら失礼徹はゴリラだったわね、だとか。その生意気な口黙らせてやるから覚悟しな、だとか。
肌を寄せあったまま戯れついて、くだらない冗談を言いあって。そうしてただ流れていくだけの他愛ない時間に、ふと、沈黙が訪れる。
僅かな一瞬に切り替わる空気。
互いを見つめたまま少しずつ吐息が重なって、俺たちは、どちらからともなくキスをした。
「っん、ぅ」
深いところを侵せば、たちまち甘やかな声が零れだす。きもちいい、と呼ぶにはまだ刺激が足りないけれど、すごく心地好い。
キスだけでこんなに心満たされるんだから、恋ってすごいと思う。
なのに、どうしてだろ。
同じくらい苦しいんだ。
唇を交わすたびに、愛しさが募って胸が苦しくなる。
息がしやすかったはずの彼女の隣。
あの日聞けなかった薬指の小さな痣が、ジワリ、ジワリと、俺の首を絞めていく。
息が、──できない。