第1章 I (can not) see you.(及川徹)
お互いに精神状態がよろしくないのは一目瞭然だった。
興味本位で声を掛けたのが、俺。
『お姉さん、なんだか疲れた顔してるね。良かったら俺に愚痴ってみない?』
第一声はたしかそんな感じだったと思う。
一杯奢るからさ、なんて格好つけて言ったくせに、結局俺が潰れて彼女にタクシーまで呼んでもらったんだっけ。
流れに任せて連絡先聞いて、再会したのが数週間後。
仕事のことで悩んでいたのだと話した彼女は、しかし、左手の薬指に指輪の痣があった。
嘘が下手だよね、ほんと。
相当長いこと付けてないとあんな痣にはならないのにサ。
元既婚者か、それとも、長年連れ添った男がいたのか。
聞いてみたいという気持ちと、どうでもいいやという気持ちと。
俺が選択したのは後者で、結局、薬指の痣についてはそのまま聞けずじまい。
彼女も彼女で俺のことを何も探ろうとはしなかったし、そもそも俺がバレー選手であることを知りもしないみたいだった。
あの頃の俺はまだメディアへの露出もそこそこだったしね。今はCMとか出まくりだけど。芸能人みたいですねってよく言われるけど。