第1章 I (can not) see you.(及川徹)
「ねえ、何か嫌なことでもあった?」
唐突に投げられたのは些細な問いかけ。俺は、少し面を食らって押し黙る。
返答に困って「なんでそう思うの?」と、クエスチョンマークを返した。
声が震えないようにと必死に堪えて、平静を装ってみせるけど、きっと彼女には見抜かれているのだろう。
「急に会いたいって言ったり、突然お風呂に乱入してきたり。今日の徹、ちょっと変」
「……そう、かな、いつも通りだけど」
ちゃぷんとお湯の揺れる音がした。
彼女はそれ以上、なにも問おうとはしなかった。
深入りしない、させない。
セフレの心の距離感なんてそんなものだ、たぶん。こうして肌を重ねられるほど近くにいるのに、心通うことは決してない。
なんて遠いんだろう、と思う。
思えば俺たちは出会ったときからそうだった。
ボロックソに負けた試合のあと、無念やら悔恨やらに押し潰されそうになって向かったバーでのひと幕。
自棄を起こして呑んだくれようとしていた俺と、物憂げな顔でカクテルを見つめていた彼女のお話。