第1章 I (can not) see you.(及川徹)
*
夜──
街に散りばめられた灯りのせいで赤色に染まる、都会の空。星のない曇天を仰いで、ひとり、小さく溜息をついた。
シャワーの音が聞こえる。
花みたいな石鹸の匂いも。
俺の唐突な「会いたい」からはじまった今日の逢瀬は、まだ幕を開けたばかりだった。
「ねえ、俺も入っていい?」
バスルームへつづくドア越しに問いかける。
彼女の答えは疑念を含んだイエス。
戸惑いがちに開いた扉の向こうに、美しい白肌が見えた。
多めに張られた湯はとろみのある乳白色。薔薇の匂い、なのかな。さっき香ったのは石鹸じゃなくてこれだったのかと納得する。
ふたりで入っても充分足が伸ばせる浴槽に浸かって、後ろから彼女を抱き締めた。
濡れたおくれ髪を払いのけて頸にキスすると、彼女は「くすぐったい」と笑んで身じろぎをする。