第3章 ひとはその奇跡を運命と呼ぶ(松川一静)
「───…………」
細く、長く、ひとり嘆息する。
クセのある黒髪ごしに煤けた天井が見えた。場末、という言葉がよく似合うホテルの一室だ。
貼られた壁紙は退廃的な、赤。
ところどころが剥がれかけのそれに目を焼かれて、思わず、強く目を閉じる。
「どした? 怖い?」
吐息が触れる。
睫毛が触れる。
少しだけ瞼を押しあげてみると、そこには彼の笑み。余裕ありげなその瞳と、目が合った。
「……初めて、なんです」
おずおずと言えば返されるのはまたも笑み。掠れた低音が「へえ、意外」と心底楽しげに囁く。
「いいの? 俺が食っちゃっても」
艶っぽく言葉を紡ぐその唇が触れそうで、なのに、触れてくれない。
もどかしい距離から降ろされた問いに、私はこくりと頷きを返した。
「……一静さんに、奪われたいです」