第1章 2人の距離
「あら、食べれるじゃない。」
楓さん特製具沢山スープを平らげた時にクスッと笑われた。
丁寧にご馳走さまでしたと手を合わせるとお粗末様でしたと返された。
「由梨、結婚する?私と」
洗い物をしながらそう言う楓さんを凝視した。
「え……いやいやいやいや〜」
思い切り手を横にないないとするとあんた結構失礼ね。と睨まれた。
「私まだ戸籍上は男だしなんの問題もないわよ?何?私じゃ不満なの?」
ふんっ。とも言いたげな勢いで言われたがそんな問題じゃない。
「いや。…遠慮させていただきます。」
真面目に言うとプッと笑われた。
それを見て私もつられて笑う。
「由梨今日初めて笑ったわね。やっぱり笑った方が健康的よ?」
ニコニコ嬉しそうに近寄ってきて暖かい紅茶をくれた。
「暫くここにいなさいな。私は相変わらず忙しいけど由梨はほどほどにね?サポートだけでも受け入れなさい」
そう言って隣に座り紅茶をフーフーと冷ましてる楓さん。
何処からどう見ても女性だ。
なんだか。姉ができたようで嬉しくなった。
「楓さん。…ありがとうございます。楓さんといると元気パワー分けてもらえてるような気がします」
私の言葉を聞いてふふん!と当たり前よとドヤ顔してきたが気にしないで続けた。
「私、…お腹の赤ちゃんの事。大切にします。」
決意を込めて言うとうんうんと優しく頷いてくれた。
その日から暫く楓さんの家にいることになった。
ヒロトのいない時間を見計らって楓さんの手伝い付きで必要な物を1日で運びこみ出て行くことにした。
もうヒロトには会わない。
会えない。
そう思った。
とても無責任だし、赤ちゃんの父親の居ない生活を考えると可哀想と思ったが、それ以上に恐怖が勝ってしまった。
また何されるか分からない。
もしかしたら私だけじゃなくて子供にまで手をあげるかもしれない。
そんな思いに耐えられなかった。
楓さんのお陰で少し元気を取り戻したが、ヒロトに会う勇気も連絡する勇気もなかった。
楓さんにその事を相談したら、置き手紙で良いから居なくなる事を伝える。子供のことは知ったら何をされるか分からないから言わないということになった。
置き手紙にはだた、さようなら。と一言しか書くことができなかった。