第1章 好きだから-罠-
だから部屋の中でどんなに音を立てても、声を上げても、閉めたドアの向こうには何も漏れないし、分からない。
「あと…もう少し」
チャンスは…近づいてくる。
「おはよー、佐奈ちゃん!」
ほきゅ、と背後から抱きついて、ぴったり張り付きながら後ろから腰を絡めるように腕を回しても、彼女はもう、拒絶しない。
「ちょ、もうっ、びっくりするでしょ!」
こんな風に怒って。
「ほら、危ないから離れて」
今は包丁持ってるから、とやんわり引き離されても、それは拒否じゃない。
それが一番の鍵だ。
だって、煉や厳が同じことをしたら、佐奈が滅茶苦茶拒否るのは見えてる。
日常のスキンシップ。
慣れ…っていうのは、重要なんだよ、先輩方?
もう遅いけどね?
「………」
ふふ、と笑ってしまいそうになるのを何とか堪えて、僕は狼と犬を促した。
「煉さん、厳さん、そろそろ行かなくて良いの?」
「…………」
「…………」
仲良くお揃いでむっつり押し黙っているのは、かなり不本意な証拠だ。
不本意&不機嫌な理由なんてもちろん分かってて、僕はにっこり、と満面の笑顔を作った。
もちろん作り笑いだけど、でもまんざら嘘な笑顔でもない。
何故って。
「今日から二週間、だよね?」
二週間…彼らは研究所主催の合宿に参加しなきゃいけない。
本来は僕も…そして、教師である佐奈ちゃんも同行するはずだったんだけど。
「ごめんね、佐奈ちゃん。僕の成績が悪いせいで……」
定期的に行われる研究所のペーパーテストで平均値以下を叩き出した僕…と、その教師である佐奈ちゃんはここに居残り決定。
合宿の為にせっかく休暇を取った佐奈ちゃんは、僕の追試に向けて一緒にお勉強…ってことになった。
つまり二週間、この家には佐奈ちゃんと僕の二人きり……。
二人が気に入らないのも無理ないし、僕が嬉しくて堪らないのも当たり前。
見送る笑顔が本物になるのも、当然、ってやつだ。