第1章 恋は黄昏と共に
夕暮れ時、一人寂しくトボトボと歩く。
苦楽を共にしてきた弟達よ、もうちょいお兄ちゃんに優しくしてもいいと思うよ?
例えばさ、日頃の感謝的な何かを形にするとかさ。
物を買うのは大変だろうから、英世とか樋口さんでいいから。
さすがに諭吉とはお兄ちゃん言わないよ。
ったく…あいつら最近ホント冷たい。
第三次反抗期でも来てんのかねェ。
ぶつくさ心の中でぼやきながら歩いていると、河川敷に架かる橋の真ん中、ポツリと立つ人影が見えた。
まさか飛び降りるとかありえないよな、と眺めていたら、突然強風が吹き付ける。
「あっ」
っと声を漏らしちゃったのは、橋の上にいた人の帽子が吹き飛んだからだ。
風に乗って俺の目の前にフワリと飛んできたそれを、右手でキャッチする。
掴んだグレーのベレー帽からは、ほんのりと女物のシャンプーの香りがした。
それだけで少し胸が高鳴ってしまったのは、童貞に免じて許して欲しい。
「すみません、ありがとうございまーす!」
ニッコリ笑いながら、帽子の持ち主であるおねーさんが、俺に向かい歩いてきた。
そのおねーさんは長い黒髪、赤のネルシャツにデニムというカジュアルなファッションで、手には画用紙を持っている。
おねーさんっつっても、年齢は俺と殆んど変わらなそうなんだけど、なぜか女子とか女の子よりも「おねーさん」がしっくりきた。
すごく落ち着いて大人びて見えたんだ。
「おねーさん、橋の上で絵でも描いてたの?」
ベレー帽を渡すと、おねーさんは髪を耳にかけ、少し斜めに帽子を被った。
「はい。趣味で水彩画を描いてるんです」
高尚な趣味だこと。
俺のマンガ、競馬、パチンコとは大違い。
「へー、じゃあ風の強い日は帽子とスカート要注意で」
「ふふっ、気をつけます」
せっかく話せたけど、邪魔しちゃ悪いと思い、すぐに歩き出す。
何の気なしに一度だけ振り返ると、おねーさんと目が合い笑顔で手を振ってきた。
その笑顔を見ただけで、弟全員にフラれてよかったと心から思えた。