第1章 恋は黄昏と共に
だけどそれは叶わぬ願い。
「元気でな」
俺は思いを閉じ込めた。
片手で右ポケットにしまっていた連絡先をぐしゃぐしゃに丸める。
「…おそ松くんも…元気でね」
「俺?ま、それなりに生きますよ〜」
「じゃあ…そろそろ、わたし」
「待って」
離すまいと腕の力を強めれば、〇〇ちゃんの肩越しに、夕日に染まった茜色の桜が、ヒラヒラとその命を燃やしているのが見えた。
「もう一度」
額をコツンと合わせる。
「さっきのじゃよく分かんねーし」
「さ、さっきのって…?」
「もっと分かるように、〇〇のこと忘れないように…」
さりげなく呼び捨てにしたら、目を丸くする〇〇。
「っ!!今、私のこと、名前で…?」
「いいから、さっきの続き、早く」
そう言うと、夕日に負けないくらい頬を赤らめている。
俺を見つめながら、躊躇いがちにゆっくりと、愛らしい瞳が閉じてゆく。
どうやら最後まで言わなくても伝わったらしい。
緊張を隠し、そっと唇を重ねる。
触れるだけの下手くそなキス。
最初で最後のキスが、夕焼けに燃える桜吹雪の中なんて、なかなか乙だよな。
頬を撫でるそよ風に夜の冷たさが混ざり始め、顔を離す。
両手で冷えた〇〇の頬をあっためる。
「おそ松くん…もっとキスして」
「お前さ、心開くの遅すぎ」
泣きながら笑う〇〇の瞳を真っ直ぐ見つめ、慣れないキスを何度も交わした。
心に〇〇を焼き付けるように何度も求めた。
そうして俺たちは、人目もはばからず、夕日がビルの影に隠れて見えなくなるまで、互いの思いを確かめ合った……———。