第7章 洒涙雨
ぼうっとしすぎなんだろうか私はと、肩で息をする定員さんを見ながら思った。
どうやら雨が止んでしまったために、傘を忘れてしまっていたらしい。
「わざわざ走ってきて下さったんですね?ありがとうございます。」
にこりと笑顔を灯しながら、定員さんにお礼をいう。
どうぞと言われて赤い傘を受け取ろうとしたら、ほんの少しだけ定員さんと手が触れた。
温かい手だなと思った瞬間に、ふとまた雨の日の事を思い出す。じっと定員さんを見つめてみるけれど、残念ながらあの時の私は盲目だったが為に、彼の顔を知らない。
それにもし彼だったとして、出会ったお店で働いてるなんてそんなおとぎ話か何かみたいな事あるはずない。考え事の最中に、定員さんと目が合う。これはなかなか気まずい。
「気をつけて下さいね」
その答えに空返事を返しながら、またも考え事は続く。
空は晴れているのに、私の心は大荒れだ。どうやら少し寂しいのかもしれない。
「それじゃあ」
そう言って歩き出した定員さんとは別の方向に歩く、考えても仕方がない。もう諦めた方がいいのかもしれない。それに、今さら会ったって気持ち悪いなんて思われるかもとため息をつく。
その数秒後、私は息が止まりそうになった。
口笛だ。
口笛が聴こえた。
澄んだ音だ、間違えない。
離れた距離を縮めていく、そしたら今度は会いたいなという台詞と鼻の辺りに手を持っていく仕草が見えた。
「なんで鼻の下こすんだろうね?」
そう言っていた事を思い出す。
その瞬間、私は彼に抱きついた。
考える暇もなく、ただ抱きついた。
会いたかった、会って...何をしたかったんだろう。
抱きついた後の事を考えていなくて、私は真っ白になった。