第7章 洒涙雨
「松野、雨上がってるから傘立てしまっといて」
レジと扉が近いために外へと駆り出される。
重々しいドアを開いて、傘立てを見つめれば赤い傘がぽつんと寂しげに置かれていた。
はっとして前を向けば、さっきのお客さんの後ろ姿が少し遠くで見える。走れば間に合うかと思いながら、傘立てからまだ水滴の乾いていない傘を引っ張り出した。
「すみませーーーん!忘れてますよー!!」
大きい声を出して走れば、ピタリと止まるお客さん。
くるりとこちらを向いて、ビックリしたような顔をしながら俺を見つめてくる。はぁはぁと息をきらせば、もう歳だななんてうっすらと考えた。
「わざわざ走ってきて下さったんですね?ありがとうございます」
にこりと笑ってお礼を言われた。
ドキンとまた胸が鳴る。どうやら今日はどうかしてしまったみたいだ。そんなに寂しいのかしらなんて、ちょっとおねぇ風に心の中で呟く。
「ど、どうぞ」
赤い傘をそっとお客さんに渡せば、かすかに触れる手。その瞬間お客さんの目が少し見開いて、じっと俺を見つめた。
その瞳に見透かされて俺もお客さんをじっと見つめてしまう。なんだかわからない違和感が押し寄せる。いや、まさかねなんて思いながらふっと笑う。
「気をつけて下さいね」
そう言うと、はいと空返事が返ってきた。困ったお客さんだ。
「それじゃあ」
俺はそう言ってくるりと店の方を向く。
1歩踏み出せば、パシャリと後ろから音がした。どうやらお客さんも歩き出したらしい。
やっぱり勘違いかと、ふと上を見上げれば晴れた空が眩しい。
なんとなく口笛を一つ吹きながら、コツコツとオレンジ色の道を歩く。今日はどうやら心の調子がおかしいらしい。ガラでもないけれど、何故かとても切ない気持ちになる。
「あー、会いたいな」
ポツリと小さな雨みたいにこぼして、鼻の下を擦る。
その瞬間だった。
なにか温かいものが俺を包んだ。