第1章 天泣
「松岡さん、カフェオレお待たせしました」
「おお、ありがとうよ」
透明なガラスの灰皿で煙草を消しながら、俺にそう言ってくれるのはこれまた常連のおじさんだ。
「いつになったら松野くんが仕事辞めるかかけてるんだよ、そろそろ辞めちゃいそうかい?」
実はパチンコ友達でもあったりして、俺がニートだったことを知っているちょっと厄介な常連さんだ。
「やだなぁ、ダメですよ。賭け事なんて」
「よくゆうよぉ、1年前までは俺よりパチンコ屋に通ってたじゃないか」
松岡さんは、カフェオレを1口2口飲んでから競馬の新聞を俺に見せてくる。
「松野くん、どれが来ると思う?」
「んー、やっぱりメジロ松クイーンが熱いんじゃないすか?いやでもオグリデッパも硬そうだな」
赤い丸をつけながら、あーでもないこーでもないと2人で論議する。幸いこの時間帯は人が少ないので咎められることもないし、なにより俺の売りはこのコミュニケーション能力だからな。
うっは、自分で言ってて恥ずかしい。
「で、いつ辞めるの?」
「辞めませんよ」
「そっかそっか、辞めないにかけてるから期待してるよ」
ははっと笑いながら弾む会話。
人と接するのはなかなかと楽しいから、この仕事を辞めようとは思わない。俺が働き続けるにかけた松岡さんの為にも、続けないとな。
なんて決心を固めていたら、晴れているはずの空から水が落ちて来る。
こんっと小さな音が何回か窓越しに聞こえてくれば、傘立てをださないとと思い、失礼しますと言ってから席を離れた。
「狐の嫁入りだな」
先輩の言葉に立ち止まる。
先輩はカチャカチャと音を立てながら、お皿やカップの用意をし始める。雨の日は決まってある人が尋ねてくるからだ。
「また、あの変なお客さん来るなぁ」
「雨降ったら来るんですよね」
先輩が、ふんふんと鼻歌を歌いながら鍋に水をはっていく。
水が鍋いっぱいになったところで、よいしょといいながら鍋に火をかけた。
「なんかおっさん臭いっすよ先輩」
「ほっとけ!あぁ、松野傘立て出しとけよ」
先輩にいわれ自分のしようとしていたことを思い出し、返事をしてから出入り口に向かった。